昔話・伝説・世間話の違いと説話文学
"古代アーリア人の神話は、太陽や天空を神々と捉え、火の崇拝などの儀式で他のギリシャ、ローマ、北欧へ行ったグループと共通する宗教を持っていたと考えられている。 特に『リグ・ヴェーダ』に残された古インド神話とは共通点が多く、ダエーワ(デーヴァ)やアフラ(アスラ)など神名、神格にも共通点が多くみられる。また『リグ・ヴェーダ』の言語であるヴェーダ語は、古イラン語とも極めて近い。"なお、スラヴ地域の神話との語彙の類似点も指摘されているが、これはむしろイラン系遊牧民による影響が大きいと考えられている。"ゾロアスター教神話は、この古代アーリア人の宗教、神話をベースにしながら、より高等宗教化したものと思われる。それはより広範囲の、民族や文化の壁を越えて信仰された点があるからだ。 特に重要なのは、中世になって編纂された『デーンカルド』『ブンダヒシュン』などの宗教文書で、ゾロアスター教神学の重要な説話を多く伝えている。"
エッダにおいては一部の巨人が言及され、自然力の表現であるようにも見える。巨人には通常、サーズ(Thurse)と普通の横暴な巨人の2つのタイプがあるが、他にも岩の巨人や火の巨人がいる。エルフやドワーフといった存在もおり、彼らの役割は曖昧な点もあるが概して神々の側についていたと考えられている。加えて、他にも霊的な存在が数多く存在する。まず、巨大な狼であるフェンリルや、ミズガルズの海に巻きつくウミヘビ(ミミズであるとも[要出典])のヨルムンガンドという怪物がいる。この怪物達は悪戯好きの神ロキと、巨人アングルボザの子として描かれている(3番目の子はヘルである)。それらよりも慈悲深い怪物は2羽のワタリガラスであるフギンとムニン(それぞれ「思考」と「記憶」を意味する)である。オーディンはその水を飲めばあらゆる知識が手に入るというミーミルの泉で、自身の片目と引き換えに水を飲んだ。そのため、この2匹のカラス達はオーディンに、地上で何が起こっているかを知らせる。その他、ロキの子で八本足の馬スレイプニルはオーディンに仕える存在で、ラタトスクは世界樹ユグドラシルの枝で走り回るリスである。"北欧神話は、他の多くの多神教的宗教にも見られるが、中東の伝承にあるような「善悪」としての二元性をやや欠いている。そのため、ロキは物語中に度々主人公の一人であるトールの宿敵として描かれているにもかかわらず、最初は神々の敵ではない。巨人たちは粗雑で乱暴・野蛮な存在(あまり野蛮ではなかったサーズの場合を除く)として描かれているが、全くの根本的な悪として描かれてはいない。つまり、北欧神話の中で存在する二元性とは厳密に言えば「神 vs 悪」ではなく、「秩序 vs 混沌」なのである。神々は自然・世の中の道理や構造を表す一方で、巨人や怪物達は混沌や無秩序を象徴している。"
"マヤの神話では、テペウ(Tepeu) とグクマッツ(トルテカ神話及びアステカ神話のケツァルコアトル神Quetzalcoatlに相当)が創造主、創世主、始祖とされている。彼らが最初の「在りて在る者」であり、賢者と等しい賢明さを兼ね備えた者であったとされる。またカクルハー(雷)・フラカン(Huracan 一本足の意)あるいは単に「天の心」と呼ばれる者が存在しテペウと同一視、または分身とされる。フラカンは嵐と雷を象徴する神格とされている(ハリケーンの語源)。"テペウとグクマッツは集まりを持ち、彼らを崇拝することのできる種族を作らなければならないと合意する。テペウとグクマッツの分身ともいえる「天の心」及び「地の心」によって実際の創造をおこなわれる。大地が作られ、動物が備えられる。人間ははじめ泥で作られるのだが、すぐに壊れてしまう。別の神々が召集されて、つぎは木で作られるが、これは魂を持たない代物であった。そうして人はトウモロコシから作られ神々とその行いは完成にいたる。「マヤ神話」は、メキシコに関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。(Portal:北アメリカ)
そして他の神がこのような手段に出るのを予防するため、エンキ神は結婚しない女性、不妊、流産、そして幼児死亡など社会現象の形で新しい解決策を作り出し、人口増加が制御不能になるのを防止した。神官ベロッソスの記述によれば、クロノス神がクシストロスに洪水の襲来を警告し、歴史を記録し、船を造るよう命じた。船はクシストロスの親類、友人、すべての動物を一つがいずつ乗せるために5スタディア×2スタディアの大きさに作られた。洪水が起こって水位が上昇し、船に乗り込んだ生き物を残して全てが殺戮された。水が引いた後クシストロスが船から鳥を放すと、全て戻ってきた。二度目に鳥を放すと足に泥を付けて戻ってきた。三度目に放すと鳥は戻ってこなかった。人々は船を離れ、神に供物を捧げた。クシストロスと妻、娘と、航海士は神の元へ運ばれ、神と共に暮らした。旧約聖書『創世記』の大洪水についての詳細は、ノアやノアの方舟を参照。